Eテレ:パンデミックが変える世界 ◆イアン・ブレマー

指導者なき世界の漂流の危機

 今回のパンデミックと世界の状況をどう読み解きますか?(Aiko Doden

今回のパンデミックはGゼロの世界、つまり指導者なき世界で、私たちが経験する最初の危機です。その結果としてバラバラに対応しています。協調性がかけています。9.11のときはアメリカはプッシュ大統領を中心に団結しました。支持率は92パーセントまではね上がり、ヨーロッパ各国は揃ってアメリカを指示しました。当時敵対していたロシアもアメリカを支持して、アフガニスタンの米軍基地に協力しました。2008年の金融危機では、プッシュ大統領、オバマ大統領のもとで団結しました。ヨーロッパも結束しました。アメリカはG20を作り、中国がアメリカのリーダーシップを支持したことで、世界恐慌を避けることができたのです。

2020年のいま、最も深刻な危機が発生しています。それなのにアメリカ国民は団結していません。トランプ大統領の支持率は46%   9.11の時のブッシュ大統領の半分です。ヨーロッパとの協調もありません。アメリカが欧州からの入国を禁止したときに、EUは事前に知らされておらず、アメリカを避難しました。G7の協調行動もありません、G20の協調もありません。中国は素早く対応していますが単独です。アメリカはリーダーシップを発揮していません。

経済的な打撃が大きな問題ですが、政治的な問題はさらに大きいと思います。世界秩序が変化するでしょう。

 アメリカの指導力を発揮していないことに歯がゆさを感じると言うことですか?

そんなものはもはや存在しません。アメリカは国内的には実効性のある財政政策や金融政策を実施しました。この点ではよくやっています。しかし医療面での対応が遅れました。

検査能力の欠如、病院の対応能力で遅れをとりました。今はこの点に注目が集まっています。しかし国際社会におけるアメリカの対応はゼロです。存在しないのです。アメリカファーストということです。世界各国がバラバラに危機を克服しようとしている状況で、このことが将来重大な影響を持つでしょう。

 今回の危機は9.112008年の金融危機より深刻だとお考えですか?

その通りです。地域の危機がはるかに大きくなる事は間違いありません。経済的影響、人命の喪失、ロックタウンの長期化は、もっと深刻になるでしょう。この影響が国際社会では何倍にもなります。移動や医療用品、人員の面で協調が取れていません。ただ日本、アメリカ、ヨーロッパのような豊かな国は、国内経済の停滞状況に対応するだけの資金力あります。アメリカはGDP10%にあたる額を、景気刺激策に投入しています。さらに追加するでしょう。

しかし発展途上国でも同じ支援が必要なのですが、それができません。例えば、インドでは政府による国民の緊急支援は、GDP1%にとどまっています。10%は必要なはずですが、それはどこから?アメリカはできません。中国からもIMFの幹4兆ドルが必要と考えていますか?そんなお金があるとは思いません。ただでさえ混乱状況にある新興国や貧しい国は、深刻な影響を受けるでしょう。

日本やアメリカでは社会的距離を取ることが可能です。豊かな国はスペースがあるからです。しかしインドで社会的距離を取るのは難しいです。国民の衛生状態は劣悪です。半年も雇用が無い状態となれば、国民の生命を維持するための財政も持たないでしょう。ロックタウンが長期化すればサプライチェーン、グローバリゼーション、移動、観光に対する影響ははるかに深刻です。国際社会は今重大な問題に直面しているのです。

 新興国と途上国の経済についてお話がありました。経済格差で貧しい側の国々ですが、今の状況が続くと世界の不安定化につながる可能性はいかがですか?

アメリカ日本など、豊かな国では多くの人々が苦痛を味わい亡くなったとしても、社会不安が大きく広がるとは思いません。新興国や途上国は別です。医療制度が不備な状態で不況になれば、国民は家族を守ることができなくなるでしょう。加えて石油戦争が起こっています、原油価格が20ドルまで下がりました。ベネズエラの原油生産コストは原油の原価を上回っています。

そういった国から、深刻な社会不安が広がる事は容易に想像できます。暴力体制の変更や崩壊そして過激化が広がることも、イスラム過激派によるテロの温床がイラクやアフガニスタン、シリアといった国の不安定化にあった事は、記憶に新しいです。

今後何が起きるか、それは人口が多く国民を養う力が弱い国について考える必要があります。さらなる過激化が進むでしょう。

 とても厳しい世界の見通しです。あなたは2020年のトップスに世界経済のサイクルをあげました。

次の不況が始まると言う警告です。今パンデミックが起こりました、各国が結して危機に立ち向かうのでしょうか、それとも自国の利益を第一に行動するのでしょうか?

自国が第一と言うGゼロ世界に向かうと、10年近く前に指摘しました。今年の初め、世界のトレンドとしては、地政学的後退、景気後退、グローバリゼーションの分裂と言う現象が複合的に起こっていました。分裂はまずアメリカと中国のテクノロジーの分野で始まりました。今後サプライチェーン、製造業、サービス業に広がるでしょう。

企業が従業員の数を大幅に減らす必要に迫られるからです。サプライチェーンが機能しなくなることに備えて、消費者に近づけたいと考えるからです。アメリカの企業がサプライチェーンを国内に移すケースが増えるでしょう。ヨーロッパでも他の国でもサプライチェーンを強化するでしょう。見通しは非常に厳しいです。この先人類は地球規模の危機に対して以前のような強さを持たないでしょう。例えばこの数週間気候変動は話題になっていません。今年はグローバル経済が縮小していくことで炭素の排出量は減っていますが、だからといって2025年の削減目標に向けて、何かが変わるわけではありません。道筋は同じですが取り組みへの集中力が鈍ることになるでしょう。今年の初めあれだけ話題になったグレタ・トゥーベリーさんは自主隔離となりました。今気候変動は話題になりません。

それだけではありませんサイバーセキュリティー、非対称の戦争の脅威 AI、バイオテクノロジーの倫理問題にはグローバルな対応が必要です。今それがありません。不信感が募り、自分のことばかり考えています。民族主義、ポピュリズムがはびこっています。問題の対応はとても困難です。

 この重大な危機に国際社会が団結していないと指摘されました。米中対立のリスクも指摘されていますが、アメリカと中国が冷戦に突入するのでしょうか?

それはわかりません。ただ米中の相互依存関係は弱くなるでしょう。テクノロジーの分野では冷戦が始まっています。中国の企業はアメリカに投資しないし、アメリカの企業は中国に投資していません。5GAI、クラウド、ビックデータ、監視技術などで、米中の分離が進み競争が激化しています。それがサプライチェーンや製造業、サービス業に波及すれば、米中の相互依存が減り、争いが起きないと言う保証がなくなります。危険が大きくなっています、アメリカは中国避難を強めています。ペンス副大統領が新型コロナウィルスの危機を知らせるのが遅すぎたと中国を批判しました。もちろん中国も被害を受けています。このウィルスが爆発的な流行を引き起こすとは思ってもいなかったでしょう。しかし対応のまずさ、爆発的流行には、中国に責任があります。今後選挙があるアメリカで危機対応を誤った場合、トランプ大統領は責任転嫁するでしょう。その時には中国が格好の標的になります。今後、米中関係が悪化する可能性は大きいです。

 今の中国は10年前と違います。リーダーシップにかけた国際社会で、中国は医療援助提供しています。援助を受けた国は当然中国への感謝を忘れないでしょう。

その通りです。中国は国際社会に積極的な外交とプロパガンダの攻勢をかけて、危機のそのそもの責任を否定しています。世界中に医療チームを派遣し、多数のマスクと、検査キットを提供しています。特にアメリカと同盟関係にあり、パンデミックの中心であるヨーロッパで積極的です。今回の危機が収束したときに、世界で中国の存在感は確実に大きくなります。国際的リーダーシップと言う点でアメリカの存在感はありません。トランプ大統領は、一切役割を果たしていません。G20を招集する試みや、サプライチェーンの調整、データ収集の取り組みが一切ありません。リーダーシップと言う点でアメリカの存在感はゼロです。2008年、2009年とは大きく異なっています。

 コロナ移行の世界秩序はどうなっていると思いますか?

格差が大きく広がっていると思います。中国以外の新興国が危機の対応を誤るからです。それに対する支援もないでしょう。アメリカ国内ではまるでイタリアのようだとか、ドイツや韓国のようだ、と言う見方が出てくると思います。ワシントン州は韓国に似ていてニューオーリンズはイタリアのようだといった見方です。アメリカはもともと格差が大きい国ですが、今後さらに広がるでしょう。ヨーロッパも同じです。持つものと持たざる者の差が大きくなるでしょう。ハイテク企業の力が大きくなり、実店舗型の企業が倒産するでしょう。本当に大きな格差を目の当たりにすることになります。アメリカやヨーロッパのように強く豊かな国は持ちこたえるでしょうが、貧しい国は大きな打撃を受けるでしょう。

 市民社会個人のレベルではどうでしょうか? この危機を乗り越えるために社会のあり方や私たちの生き方を考え直す必要があるでしょうか?

犬を飼うべきだと思います。毎朝瞑想するのも犬を飼うのも良い考えです。犬はいいですよ。気が紛れます。一緒にいると気分が落ち着きます。バカバカしいと思うかもしれませんが実効性があります。いつもと違うことをする必要があります。人間性を失ってはいけません

私は9.11の時にニューヨークにいました。恐ろしい出来事でしたがニューヨークは団結しました。皆が同じ体験をしたからです。 人々は通りに出て友人に家族に手を差し伸べました。しかし今回、人々はアパートの中に安全を求めています。人間性が奪われています。人は社会的動物です、つながりが必要です。スクリーン上では叶いません。仮想現実では不可能です。国際宇宙ステーションで1年過ごした、宇宙飛行士の精神的ダメージを私たちは見てきました。同じことが今世界中の数百万、数千万の人々に起ころうとしています。この先個人レベルで対処する方法が必要になるでしょう。