倫理リーダーを育てる(14)◉倫理教室で起きた不祥事

#14

倫理教室で起きた不祥事
日本語で言うなら、「飼い犬に手を噛まれる」とでも言えるのだろうか…
2015年1月、ニューハンプシャー州ハノーバーにあるダートマス大学で、「スポーツ、倫理、宗教」の授業に出席していた64人の学生が不正行為をして告発・懲戒処分を受けたている。
倫理教育・訓練の必要性を示す代表的な例だ。記事を掲載したDaily Mail紙は、2015年1月9日の記事で、調査対象となった学生は全員、倫理と宗教の特別授業を受けていたスポーツ選手であると述べています。
また、2012年にもハーバード大学でスキャンダルが起きています。2012年8月30日付の「The Harvard Crimson」紙によると、このスキャンダルは、125人の学生が持ち帰りの期末試験の解答を共同で作成したというものでした。ダートマス大学とハーバード大学のスキャンダルは、数え切れないほどのスキャンダルのうちの2つにすぎません。
もし、私たちが倫理の緩い解釈を抑制しなければ、今後も起こり続けることだ。ましてこういった事件を隠蔽していたとしたら、そもそも何が悪いのかすらわからなくなってしまうだろう。
どこの世の中にも、掟やルールを破る一定の人たちは存在します。でもだからといって、それらの行為を例外的な行為として認識するのではなく、どうしてなんのために守る必要があるのかを、つど都度全員で共有する必要があります。このように在る姿の意味や価値、尊さといったことに対する認識と理解を共有していきます。
バランス感覚というと、それこそ曖昧になってしまいますが、仏教のメッカ高野山にも酒を出す店があり、日本酒は「般若」ビールは「泡般若」といった隠語があると、以前高野山に行った折、聞いたことがあります。お坊様にも時には息抜きをする場が必要なのかもしれません。
先の大学で起きた倫理的問題を起こした学生は、懲戒処分を受けたと書かれていました。もちろん起こした行為に対しての何らかの対応は求められるでしょう。でも果たして学びの場で起こした倫理的な不祥事を、懲戒罰を与えることで解決して良いのでしょうか?
これは一人であろうと集団であろうと、その行為が引き起こす先々の顛末にフォーカスした指導を、教育の実践の場において、本来リアルタイムに行われなければならないと思うところです。
あなたが責任者だったらどう対応しますか?(続く)